東恩納寛量生れる

1862 唐手佐久川没す。

1868 〔明治維新〕留学生派遣。船越義珍生れる。

1870 本部朝基生れる。

1872 東恩納寛量、唐手術修業のため中国福建省へわたる。琉球藩設置、尚泰王藩主となる。

1875 琉球藩に清国との関係断絶を通告。

1877 上地完文生れる。

1879 沖縄県を設置し琉球藩廃止される。

1882 講道館創立。

1885 知花朝信生れる。

1886 徳田安文生れる。

1887 許田重発生れる。東恩納寛量中国福建省より帰国。

1888 宮城長順、遠山寛賢生れる。船越は糸洲に師事。

1889 摩文仁賢和、大城朝恕生れる。東恩納寛量、那覇市に唐手術道場を開設。

1890 域間真繁生れる。松村宗棍没す(諸説有り定かでない)。

1892 大塚博紀生れる。

1893 小西康裕生れる。

1895 松村宗棍没す(諸説有り定かでない)。上島三之助生れる。大日本武徳会設立。

1896 松村宗棍没す(諸説有り定かでない)。平信賢生れる。

1898 比嘉世幸生れる。

1900 知花朝信糸洲に師事。上地完文、唐手術修業のため中国福建省松溪に渡る。

1902 宮城長順、許田重発ら東恩納に師事。

1904 宮城長順、唐手術修業のため中国福建省へわたる。

1905 糸洲安恒、平安の型を創案。小幡功生れる。沖繩県立一中師範体育に空手採用 花城長茂「空手組手編」 船越ら県下公開演武

1906 安里安恒没す。宮城長順、中国より帰国。山口剛玄、玉得博康生れる。

1907 長嶺将真生れる。

1908 糸洲安恒、唐手十訓を記す。

1910 比嘉佑直、八木明徳生れる。

1911 上地完文、中国福建省より帰国。上地完英生れる。

1913 高木正朝、中山正敏生れる。

1915 糸洲安恒、東恩納寛量没す。坂上隆祥、江里口栄一生れる。

1918 摩文仁賢栄、福井功生れる。

1919 金城裕、伊藤公夫生れる。香川治義生れる。

1920 高木房次郎、木崎友情、打揚憲造生れる。屋部憲通ロスアンゼルスにて唐手術演武。

1921 相沢大一郎生れる。

1922 第一回体育展覧会開会。本部朝基上阪。船越義珍上京。体育展覧会ならびに講道館において唐手術公開演武、船越義珍(観空大)儀間真謹(内歩進)。船越義珍「琉球拳法唐手」出版、明正塾にて唐手術指導開始。

1923 岩田万歳生れる。

1924 慶大空手部創設。

1925 一高空手部創設。

1926 東大空手部創設。

1928 摩文仁賢和、宮城長順上阪。

1929 東大生三木二三郎沖繩へ武者修業(唐手研究)。東大防具組手を試みる、自由組手も試みる。

1930 大城朝恕没す。立命館大空手部創設。三木二三郎・東大空手部「拳法概説」出版。

1932 宮城長順「唐手道概説」出版。

1933 摩文仁関西大師範

1934 摩文仁賢和、大阪に「養秀館」道場開設。

1935 船越「空手道教範」出版。

1936 稲垣五兵衛、錬士号授与。

1937 屋部憲通没す。宮城長順、小西康裕、唐手術教士号授与。船越松濤館設立。

1938 摩文仁賢和、仲曽根源和共著「攻防拳法空手道入門」出版、大塚博紀錬士号授与。

1939 上島三之助教士号授与。摩文仁賢和、船越義珍、野沢一世、袖山豊作、船越義豪、櫛橋正次、清水敏之、江藤武彦、新里仁文、錬士号授与。

1940 瓦葺隆輔、長嶺将真、金城兼盛、比嘉世幸、山口剛玄、錬士号授与。

1941 崎浜盛次郎、糸数義男、錬士号授与。本部朝基没す。

1942 文部省空手は柔道の一部と通達。

1944 船越義珍、大塚博紀達士号授与。坂上隆祥、辻川禎親、錬士号授与。

1945 花城長茂没す。(敗戦)武道全面禁止。

1946 大浜、広西GHQ、文部省と交渉。空手は禁止を免れる。

1948 上地完文没す。

1950 全日本空手連盟結成。

1952 摩文仁賢和没す。

1953 宮城長順没す。

1956 沖縄空手道連盟結成。

1957 船越義珍没す。第一回日本学生選手権大会。

1964 全日本空手道連盟結成(会長・大浜信泉)。

1968 許田重発没す。

1969 知花朝信没す。財団法人、全日本空手道連盟発足(会長・笹川良一)、第1回全日本空手道選手権大会(東京)。

1970 遠山寛賢没す。第1回世界空手道選手権大会(東京)。

1971 第2回全日本空手道選手権大会(東京)。

1972 第2回世界空手道選手権大会(パリ)。


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