松村宗棍 先生(敬称略)

生年、没年不明

首里山川村に生る。

唐名を武成達、号は雲勇または武長

幼少の頃より武芸を好み、17,18歳にはすでに武術界に頭角を現す。

弱冠30歳足らずで17代尚?王の御側役となり、18代尚育王、19代尚泰王にも仕える。

琉球王朝の使者として中国福州へ2回、薩摩へ2回派遣された。

琉球王朝の要職にある一方、琉球の武術(唐手)ばかりでなく、中国の拳法、また日本の剣術をも研鑚し、さらに心の道を儒教に求めて、心技体一如の奥の深い武道を体得した。翁の前半生は王朝の要人として華やかなものだったが、晩年は、廃藩置県という一大政変に巻き込まれ、必ずしも恵まれた環境だったとはいえない。

松村宗棍の主な弟子
糸洲安恒
桑江良正
屋部憲通
船越義珍
花城長茂
喜屋武朝徳


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